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お母ちゃんは、お母ちゃんが大っ嫌いだった!

いつまでも寒いですね~~~。

 

母は、風邪を引いて咳が出始めてから、床から起きることもなくなって、食事の準備は兄がしてるんだそうです。

食べられるもの作ってるんだろうか?

 

母ね、きっともう面倒になっちゃってるんだと思うんですよ。

でもね、兄もまだまだ仕事の需要があり、出勤してくれるよう催促の電話が来ているようです。

は、夫と同じ年ですから、実働は疲れるので、ホントはもう止めたいと思っています。

思うようにはならないね。

 

 

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今回は、耳が聞こえないながらも、母と結構会話はしました。

ほとんど、幼い時の話だけど、初めて聞くことでした。

 

母の家は製材所をやっていました。

家族は、父親(小学1年の時死亡)

母親と、次妹(3才で養女に)弟、末妹(父親不明)

 

母は、「お母ちゃんなんか大嫌いだった!」

死んだ時も、涙も出んかった・・・・・・と、悲しい昔話を話しだしたんです。

 

商売を畳んで、小学2年生の母を親戚の家に預け、末妹を背に弟の手をつないでお嫁に行くと置いて行かれたんですね。

どうして一人だけ、置いていったのでしょう・・・・。

母は、どれだけ泣いても、誰一人慰めてくれる人もいない家で、大きくなったんです。

小学2年生で「お父ちゃん」「お母ちゃん」という言葉は、封印されました。

その家の子供が呼ぶ、その呼び名が切なかったと、言っていました。

 

高等小学校を1番で卒業し、賞状など抱えきれないほど貰ったのに、誰一人褒めてくれもしなかったと。

幸せに可愛がられて育てられたわけじゃないんです。

 

卒業をして、神戸芦屋のお宅に女中奉公へ行きました。

お勉強も出来たし、製材所を処分したお金もあったのに、上級の学校へ行く選択肢を勧められもしなかったんですね。

このお金は、戦後銀行倒産などがあり紙くずになってしまったそうです。

 

母の母は、母が15歳の時に亡くなりました。

事情はわからないけど、末妹はこの時、次妹が養女に行った家に引き取られました。

働き手が、欲しかっただけだよ、叔母はそう言ってたけどね。

 

母が、妹二人に会ったのは、もっと先。

どこにいるかは知っていたけど、訪ねて行ったのは戦後、多分私が生まれた後だと思います。

姉妹3人、今でも元気とは言わないけど生きてるんですよ。

 

弟は、航空隊で戦争に駆り出され、朝鮮で捕虜に、シベリアに送られ餓死したそうです。

19歳でした。昭和21年の事です。

 

今でも、入学式に着た着物の柄まで覚えているそうです。

一番幸せな時、忘れないのですね。

 

 

今日は、母の思い出話を書きました。

それにしても、恨みつらみを言わない人ですよね、今まで知りませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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コメント

悲しいお話です。でもそれが戦前戦後のこの国の実情だったと、おしんの国で生まれ、5人の妹を抱えながら(母親=私の祖母はあまり面倒をみなかったそう)、祖父(私には曾祖父)が雪の中、家の外に出て行ってしまい(認知症だったのでしょう)、それを追いかけて、おじいちゃん、帰ろうよぉ~と泣いてすがったことを、本当に晩年になってから(69歳で癌で逝きました)語ってくれました。
晩年と書きましたが私も昨年還暦となり、母が育った環境に比すれば、どれだけ贅沢なのかと思ったりもします。

ちるみさん、これからもまだまだ現実的に、お母様のことを含めて、対処しなければならないことが残っていると思います。今、たぶん、あれもこれもといろんなことが襲って来て、気持ち的にも大変。
どうぞ ほっと する一時を!

投稿: baba-neko | 2017年3月26日 (日) 16時31分

baba-nekoさんへ

私たちの時代は、まだ貧しさが残っていましたね。
でも、母の苦労に比べればそれほどでもないような。
母は、芯の強い女で、泣いた顔など見たことないけど、耐えられる人だったんだって思う。
baba-nekoさんのお母様と同じく、戦前戦後、大変な時代を生きて来たおしんさんなんだよね。

これから先も、何が起こるか分からないけど、私には、向っていくしかないですね。
今は・・・・・
ゆっくりできるときに、体を休め、明日の準備をしなくては。

これからも、よろしくお願いします。

投稿: ちるみ | 2017年3月26日 (日) 18時51分

こんばんは。
昔のことは何故か覚えていた祖母。
孫だった私には色々話してくれました。
私は養子だったので血縁はないけれど。
今、生きているということは
誰かに産んでもらい誰かに乳をもらった
それは確かなこと。
感謝して残された時間を生きていこう、
そう思っています。
お母様は、昔苦労された分、
今は、お兄様とちるみさんに愛されて
幸せですね。大切な時間ですね。

投稿: | 2017年3月26日 (日) 23時28分

〇〇〇さんへ

思い出がおありなんですね。
私など、貧しかったけど、我儘に育ってきたんですよ。
家族全員に可愛がられてね。

これからは、夫の命をも生きて行きます。
一緒に生きて行こうね。

母は、幸せだと思いますよ。
たぶん100まで、健在だと私は思っています。

投稿: ちるみ | 2017年3月27日 (月) 09時21分

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